設計書なし・コード一部消失の基幹システムを、AIが2カ月で解析——カクヤスの事例から見えること

AI開発・生成AI活用公開日:2026年7月4日最終更新日:2026年8月2日
徐 聖博
徐 聖博

株式会社シンシア 代表取締役社長

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  1. 設計書なし・コード一部消失の基幹システムを、AIが2カ月で解析——カクヤスの事例から見えること
  2. 発注側が同じことをやる場合の進め方
  3. 「AIが読める」ことで何が変わり、何が変わらないか
  4. よくある質問

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設計書なし・コード一部消失の基幹システムを、AIが2カ月で解析——カクヤスの事例から見えること

創業100年の酒類販売会社カクヤスが、誰も読めなくなった30年前の基幹システムをAIで解析し、450人月の作業を2カ月に短縮した。この話はフィクションではなく、AWS Summit Japan 2026で語られた実例だ。

出典: 老舗酒販の基幹システム、450人月かかる分析を2カ月で完了 創業100年のカクヤス、難解AIで読む「遺産」:AWS Summit Japan 2026

要点 (事実のみ)

  • カクヤスの基幹システムは約30年前にVisual Basic(現VB.NET)とOracleで構築。設計書がなく、ソースコードの一部も消失した状態だった
  • 2025年に保守ベンダーへの依存が限界に達し、VMwareのサポート終了(2027年7月)も重なりマイグレーションが急務となった
  • 人手で分析した場合の見積もりは450人月。Amazon BedrockおよびClaude Codeを活用し、2カ月に短縮
  • 業務フェーズでは営業・商品・在庫・仕入・配送などの部門から担当者を集め、AIの分析結果を業務知識と照合。2,200画面を業務に必要な800に絞り込んだ
  • 本番環境はOracleからAWSへ再構築し、問い合わせで検証可能な仕様として整理している

徐 聖博の見解

この事例を読んで最初に感じたのは、「AIがコードを書いた」話ではなく「AIがコードを読んだ」話である、という点だ。設計書がなく、仕様を知る人間も社内に残っていない——これはカクヤスに限らず、日本中の中小・中堅企業の基幹システムが直面している構造問題だ。私がXincereで受託案件を受ける中でも、同様の状況は珍しくない。

注目したいのは、AI活用を「AI稼働フェーズ」と「業務稼働フェーズ」に明確に二分している点だ。AIがコードから業務ロジックを抽出し、人間がそれを業務知識と照合して正解を確定する。この役割分担は正しい。AIは「ブラックボックスの中身を言語化する速度」において圧倒的だが、「それが本当に正しいか」の判断は、業務を知っている人間にしかできない。2,200画面を800に絞り込む判断も、機能削減ではなく「業務とともに生きるための構造の再設計」と説明されているのは誠実だと思う。

一方で、私が実装・運用視点から気になるのは、再構築後のAWS上の構成がどの程度のテスト密度で担保されているかだ。旧システムからの移行では、暗黙の業務ロジックがデータの持ち方に埋め込まれていることが多く、AIが抽出した仕様と実際の振る舞いの間にギャップが生じやすい。「問い合わせで検証可能な仕様」という表現は方向性として正しいが、そこに至るまでの検証設計がどれほど厳密かが、プロジェクト成否を決める。

発注側の企業にとって取り組みの本質的な示唆は一つだ。レガシー問題の本質は技術の古さではなく、「誰も全体を知らない」状態になっていることにある。AIはその状態を打破する有力な手段だが、業務担当者が結果を検証できる体制を並走させなければ、AIが生成した"もっともらしい仕様"が新たなブラックボックスになりかねない。

(編集レンズ: 実装・運用視点 / 発注側・中小企業への含意)

発注側が同じことをやる場合の進め方

「450人月が2カ月」という数字だけを持ち帰ると、たいてい失敗する。この事例が成立した条件を分解すると、再現に必要なのは次の4つである。

1. 解析対象を先に絞る。 カクヤスは2,200画面を業務に必要な800に絞り込んでいる。全部を解析対象にすると、使われていない画面の仕様まで復元することになり、コストが跳ね上がる。着手前に「今も使っている業務」を業務部門と確定させるほうが早い。

2. 業務部門を巻き込む体制を先に作る。 AIが抽出した仕様の正誤を判定できるのは業務担当者だけである。営業・商品・在庫・仕入・配送から担当者を集めた体制が先にあったからこそ、AIの出力が検証可能になった。ここを情シスだけで進めると、検証待ちで止まる。

3. 検証の設計を実装より先に決める。 旧システムには、暗黙の業務ロジックがデータの持ち方に埋め込まれていることが多い。「新旧で同じ入力に対して同じ出力になるか」を機械的に比較できる仕組みを、移行実装より先に用意する。ここを後回しにすると、リリース後に差分が出たときの切り分けができない。

4. 期限から逆算する。 カクヤスの場合、VMwareのサポート終了(2027年7月)という外部要因が意思決定を後押ししている。逆に言えば、期限が無いレガシー刷新は永久に始まらない。保守ベンダーの契約更新やOS・ミドルウェアのEOLを、着手の締切として使うのが現実的だ。

刷新全体の進め方はシステム刷新の進め方|検討・計画から移行までの方法、体制と契約の考え方は要件定義は準委任契約が基本にまとめている。

「AIが読める」ことで何が変わり、何が変わらないか

変わるのは現状把握のコストである。設計書が無いシステムの仕様を人間が読み解く作業は、これまで見積もりの大部分を占めていた。ここが桁で圧縮されると、レガシー刷新の意思決定そのものが変わる。「調査だけで数千万円」が理由で塩漬けにされていた案件が、検討テーブルに戻ってくる。

変わらないのは業務をどうしたいかを決める工程である。2,200画面を800に絞る判断は、AIには出せない。どの業務を残し、どれをやめるかは経営判断だからだ。この構造は「言われた問題」を疑い、開発しない選択肢まで考えるDXの進め方「使われないシステム」が生まれる要件定義の失敗と同じである。

つまり、AIによって短縮されるのは工程の前半であり、判断の総量は減らない。レガシー刷新の見積もりを取るときは、解析工数の削減幅だけでなく、業務側の意思決定にどれだけ時間を割く前提になっているかを確認したほうがいい。

よくある質問

Q. 設計書が無い基幹システムでも、AIで解析できるか。

A. ソースコードが残っていれば解析の出発点にはなる。ただし、AIが出すのは「コードがこう書かれている」という事実であって、「業務としてそれが正しい」ではない。業務担当者による検証を並走させられるかが、実施可否の分かれ目になる。

Q. どのくらいの期間・費用を見ておけばよいか。

A. 対象システムの規模と、コード・データの残存状況で大きく変わるため一律の数字は出せない。判断材料になるのは、見積もりが「解析」「業務確定」「移行実装」「検証」に分かれているかどうかである。解析工数だけが安く、業務確定と検証の工数が薄い見積もりは、発注側の負担が見えていない可能性が高い(システム開発の見積もり完全ガイド)。

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株式会社Atsumell様|サービスを止めずにデータ基盤を刷新したBPマッチングプラットフォームの開発事例

**約11ヶ月・のべ4名のリレーで、機能開発を止めることなく基盤の刷新を完了しました。** 参画時期の重なりは最大2〜3名で、メンバーは1ヶ月の短期集中から5ヶ月の継続稼働までさまざまです。それでも積み上げが効いたのは、**先に入ったメンバーが構造を残していたから**でした。2025年7月に導入された Repository 層の上で、半年後に別のメンバーが移行作業を進めています。認可条件はコード上の仕様コメントとして、スナップショット方式はアーキテクチャドキュメントとして残り、いずれも「引き継いだ人が読んで分かる」形になっています。 この期間に手掛けた業務機能は、協力会社のラベル分類機能、パートナー企業管理画面、CSV による一括招待とデータ出力、案件辞退フロー、ステータス変更通知メールなど多岐にわたります。基盤刷新と機能開発は、どちらかを止めて行ったものではありません。 > 大規模な基盤刷新は「一度止めて作り直す」以外にも方法があります。呼び出し側を壊さない層を挟み、テーブル単位で少しずつ移し、移行と改善を混ぜない。この3つを守れば、リリースを止めずに土台は入れ替えられます。事業を止められないプロダクトほど、この進め方の価値が出ます。 ### この事例からの示唆 **稼働中のサービスでも基盤は入れ替えられる。** 前提は、呼び出し側の契約(戻り値の形)を保つ中間層を挟むこと、移行単位をテーブルや画面まで小さく割ること、そして移行と機能改善を同じコミットに混ぜないことの3点です。この3つが崩れると、不具合が出たときに原因が移行なのか改善なのか切り分けられなくなり、結果として一度止めるしかなくなります。 **メンバーが入れ替わる前提の体制では、成果物より「残る構造」が価値になる。** 短期参画のエンジニアを増やしても積み上がらないプロジェクトは、設計判断が個人の記憶に閉じていることが原因であるケースが多いです。この事例では、認可条件をコード上の仕様コメントとして、データ設計をアーキテクチャドキュメントとして残す運用を徹底しました。開発体制の失敗パターンについては[システム開発の失敗から立て直す方法](https://blog.xincere.jp/articles/system-development-failure-patterns)でも整理しています。 **要件が固まりきらない領域ほど、データ設計で制約を表現する。** 「協力会社が人材情報を編集したら応募内容が変わってしまう」といった問題は、運用ルールやUIの注意書きでは再発します。スキーマとトリガーで表現すれば、アプリ側の実装漏れがあっても壊れません。要件を仕様に落とす工程そのものについては[要件定義の進め方](https://blog.xincere.jp/articles/requirements-definition-process)を参照してください。 ### よくある質問 **Q. 稼働中のサービスを止めずに基盤刷新はできますか。** A. できます。この事例では約11ヶ月にわたり、機能リリースを継続しながらデータアクセス基盤の移行と主キー変更まで実施しました。ただし「一斉に切り替える」やり方では現実的に困難で、呼び出し側を壊さない中間層を用意して段階移行する設計が前提になります。 **Q. 途中でメンバーが入れ替わる体制でも品質は保てますか。** A. 設計判断がドキュメントとコードに残っていれば保てます。この事例では参画時期の重なりが最大2〜3名、1ヶ月だけの参画者もいる体制で、前任の導入した層の上に後任が半年後の移行作業を積み上げています。 **Q. どのくらいの規模・期間の支援ですか。** A. 約11ヶ月、のべ4名(同時稼働は最大2〜3名)です。プロジェクトの規模や費用感の考え方は[システム開発とは](https://blog.xincere.jp/articles/what-is-system-development)で解説しています。 ### 関連する支援領域 - [システム刷新の進め方|検討・計画から移行までの方法](https://blog.xincere.jp/articles/core-system-renewal-guide) — 稼働中システムを止めずに刷新する判断基準 - [業務システム開発の要件定義とは?進め方・手順を7ステップで解説](https://blog.xincere.jp/articles/business-system-development-requirements-definition-steps) — 要件を仕様に落とす工程 - [システム開発の失敗から立て直す方法](https://blog.xincere.jp/articles/system-development-failure-patterns) — 体制・引き継ぎで詰まったときの選択肢 同じように「稼働を止められないプロダクトの基盤を作り替えたい」という課題をお持ちでしたら、[開発のご相談](https://blog.xincere.jp/contacts)からお問い合わせください。現状のコードとデータ構造を確認したうえで、段階移行の設計からご一緒します。

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徐 聖博
株式会社シンシア 代表取締役社長

株式会社シンシア(Xincere, Inc.)代表取締役。中国生まれ・3歳から日本で育ち、日本語・中国語・英語を操るトリリンガル。大学院でコンピュータサイエンス(進化型ニューラルネットワーク)を研究し、GREE・メドレー・カウンティア・Indeed Japan などで検索エンジン開発やスタートアップの立ち上げ・グロースを経験。2020年に「人の価値をテクノロジーで最大化する」という想いでシンシアを創業した。エンジニア歴15年以上、代表でありながらほぼ毎日コードを書く現役エンジニアとして、基幹システム開発からAIエージェント活用まで顧客の事業成長に並走している。創業に込めた思いはnoteの創業ストーリーに綴っている。

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