AI導入を「技術プロジェクト」にしない — Dabur の全社AI変革から、開発会社が読むべき論点

AI開発・生成AI活用公開日:2026年8月13日
徐 聖博
徐 聖博

株式会社シンシア 代表取締役社長

Share
目次開く
  1. 要点 (出典の事実のみ)
  2. 「技術KPIを置かない」は正しい。ただし前提条件がある
  3. 順番として学べるのは「社内GPTを入口にした」こと
  4. 開発会社の事業判断としてどう効くか
  5. 15〜25%という数字の扱い方

シンシアへのご相談

自社のAI活用・開発体制について相談する

AIをどこまで内製するか、どの業務から着手するか、体制をどう組むか。開発会社・SIer・事業会社の開発部門の方からのご相談を無料で承っています。同じ問題を自社でも解いている立場としてお話しします。

AI活用の進め方を相談する

まだ検討段階の方は 質問だけでもOK(電話番号は任意)

インドのFMCG大手 Dabur India の Global CIO が、同社のAI変革について語った記事を読んだ。DaburGPT という社内生成AI基盤、Project Genesis という業務AIプログラム、GCC (Global Capability Centre) 戦略という3層構成の話だが、私が引っかかったのは技術の中身ではなく、「AIを技術プロジェクトとして扱わない」という運用設計のほうだ。この記事では、その設計を受託開発・AIエージェント事業をやっている側から評価し、SIer・開発会社にとって何が変わるのかを書く。

要点 (出典の事実のみ)

  • Global CIO の Manas Mehra 氏は「AIを技術プロジェクトとして見てはいけない。それでは失敗する」と述べ、Dabur はAIを事業変革として位置づけたとしている。
  • 社内生成AI基盤 DaburGPT は「代替」ではなく「イネーブルメントツールであり、デジタルな同僚」として意図的に位置づけられた。財務分析・コンテンツ制作・マーケ素材・調達業務などに使われ、社内環境に情報をとどめる。将来的には役割に応じてAI機能を選べる社内版「Dabur Play Store」構想がある。
  • 業務AIの旗艦プログラムが Project Genesis。商談投資計画、売上分解、需要予測、デマンドパルスなどのパイロットを進めている。
  • ガバナンスとして「技術KPIは置かない。狙うのは事業KPIである」としている。Mehra 氏はこの移行を「テストマッチ型からT20型へ」とクリケットに喩えた。
  • 営業向けの「AIによる推奨必達ライン」では、50メートルしか離れていない個店ごとに別々の商品を推奨できる。推奨9品を15品に増やせるか、10〜20%の押し上げが出るかを見ており、業界水準のAI押し上げ幅として15〜25%を挙げている。
  • GCC は現在IT・デジタルマーケの2機能が稼働。SAP Ariba (調達)、SAP SuccessFactors (人事) をグローバル展開し、将来の財務・人事・調達・製造・サプライチェーンGCCの土台とする位置づけ。
  • Mehra 氏はAI採用の決定要因を変革管理 (change management) だとし、「技術が失敗するのではない。変革を適切にやれないから失敗する」と述べている。

「技術KPIを置かない」は正しい。ただし前提条件がある

私はこの方針に基本的に賛成する。受託の現場で見てきたAI案件の失敗のかなりの割合は、精度やレイテンシではなく「誰の業務がどう変わるかが決まっていない」ことに起因していた。技術KPIだけを置くと、モデル評価が良好なまま業務に乗らない、という状態で終わる。

ただし「技術KPIを置かない」を額面通りにやると危険な領域がある。推論コスト、レイテンシ、データ鮮度、失敗時のフォールバックは、事業KPIには直接現れないのに、事業KPIを後から破壊する種類の指標だ。個店ごとに推奨を出し分ける仕組みは、需要予測の更新頻度が落ちた瞬間に「当たらない推奨」を営業に出し続ける機械になる。事業KPIを唯一の物差しにするのは経営の号令としては正しいが、運用の物差しは別に持っておかないと、劣化に気づくのが数ヶ月遅れる。研究出身の癖で言えば、評価指標と再現条件を捨ててはいけない。捨てるべきは「技術KPIを成果として報告すること」であって、計測そのものではない。

順番として学べるのは「社内GPTを入口にした」こと

DaburGPT を先に置き、その後に業務AI (Project Genesis) へ進んでいる順番は、模倣する価値がある。私が相談を受ける会社の多くは逆順で、いきなり基幹業務のAI化から入って、現場が出力を信用せず止まる。

この順番の本質は「AIに慣れさせる」ことより、組織のAIリテラシーの分布を可視化することにあると私は見ている。全社に生成AIを開放すると、どの部署が使い倒し、どの部署が触りもしないかが数週間で分かる。その分布は、次に業務AIをどこから入れるかの一次情報になる。使わない部署に自動化を入れても運用されない。DaburGPT を「デジタルな同僚」と表現したのは対外的な言い回しだが、実務的には低リスクな観測装置として機能している。

開発会社の事業判断としてどう効くか

ここが本題だ。この形が広がると、開発会社側の受注の形が変わる。

第一に、「AIシステムを作って納める」という単位の案件が痩せる。事業KPIで測られるということは、納品時点では成否が判定されないということだ。発注側が求めるのは「動くもの」ではなく「3ヶ月後に営業の推奨採用率が上がっている状態」になる。一括請負で切りやすい仕事ではない。パイロットから本番運用まで伴走し、業務側の指標を一緒に見る体制を持てるかどうかが、受注の分かれ目になる。

第二に、社内AI基盤 (DaburGPT に相当するもの) は内製かSaaSに寄り、外部開発会社の取り分は薄い。一方で Project Genesis 側 — 需要予測、売上分解、個店ごとの推奨といったその会社固有のデータと業務ロジックに張り付いた領域は、外に出しづらく、ドメイン理解が要るため、外部が入る余地が残る。AI関連の営業をかけるなら、社内チャット基盤の構築ではなく、こちらの層を狙うほうが単価も継続性も高いというのが私の判断だ。

第三に、「変革管理が決定要因」というCIOの発言を、開発会社が自分の仕事の範囲外だと思わないほうがいい。現場が使わないAIは、開発会社の実績にもならない。要件定義の段階で「誰がこの出力を見て、何を判断し、使わなかった場合どう検知するか」まで詰められるチームは、まだ多くない。ここは単価を上げられる差別化点として素直に有望だと考えている。

15〜25%という数字の扱い方

記事にある「業界水準のAI押し上げ幅 15〜25%」は、CIO本人が業界水準として挙げた数字であり、Dabur の実測値として報じられているものではない。この種の数字は提案資料で一人歩きしやすい。使うなら出典と前提 (どの業務の、何に対する押し上げか) をセットで示すべきで、自社案件の期待値としてそのまま置くのは避けたほうがいい。ROIの定量化が難しいという点は、Mehra 氏自身も認めている。


出典: How Dabur is leveraging intelligence for business transformation

Share

シンシアへのご相談

自社のAI活用・開発体制について相談する

AIをどこまで内製するか、どの業務から着手するか、体制をどう組むか。開発会社・SIer・事業会社の開発部門の方からのご相談を無料で承っています。同じ問題を自社でも解いている立場としてお話しします。

AI活用の進め方を相談する

まだ検討段階の方は 質問だけでもOK(電話番号は任意)

徐 聖博のプロフィール写真

この記事の書き手に直接相談する

徐 聖博株式会社シンシア 代表取締役社長

記事の内容について、より具体的に自社のケースで聞きたいことがあれば、徐 聖博を指名してご相談いただけます。営業担当ではなく、 実際に手を動かしている本人が回答します。

シンシアの開発事例

株式会社Atsumell様|サービスを止めずにデータ基盤を刷新したBPマッチングプラットフォームの開発事例

**約11ヶ月・のべ4名のリレーで、機能開発を止めることなく基盤の刷新を完了しました。** 参画時期の重なりは最大2〜3名で、メンバーは1ヶ月の短期集中から5ヶ月の継続稼働までさまざまです。それでも積み上げが効いたのは、**先に入ったメンバーが構造を残していたから**でした。2025年7月に導入された Repository 層の上で、半年後に別のメンバーが移行作業を進めています。認可条件はコード上の仕様コメントとして、スナップショット方式はアーキテクチャドキュメントとして残り、いずれも「引き継いだ人が読んで分かる」形になっています。 この期間に手掛けた業務機能は、協力会社のラベル分類機能、パートナー企業管理画面、CSV による一括招待とデータ出力、案件辞退フロー、ステータス変更通知メールなど多岐にわたります。基盤刷新と機能開発は、どちらかを止めて行ったものではありません。 > 大規模な基盤刷新は「一度止めて作り直す」以外にも方法があります。呼び出し側を壊さない層を挟み、テーブル単位で少しずつ移し、移行と改善を混ぜない。この3つを守れば、リリースを止めずに土台は入れ替えられます。事業を止められないプロダクトほど、この進め方の価値が出ます。 ### この事例からの示唆 **稼働中のサービスでも基盤は入れ替えられる。** 前提は、呼び出し側の契約(戻り値の形)を保つ中間層を挟むこと、移行単位をテーブルや画面まで小さく割ること、そして移行と機能改善を同じコミットに混ぜないことの3点です。この3つが崩れると、不具合が出たときに原因が移行なのか改善なのか切り分けられなくなり、結果として一度止めるしかなくなります。 **メンバーが入れ替わる前提の体制では、成果物より「残る構造」が価値になる。** 短期参画のエンジニアを増やしても積み上がらないプロジェクトは、設計判断が個人の記憶に閉じていることが原因であるケースが多いです。この事例では、認可条件をコード上の仕様コメントとして、データ設計をアーキテクチャドキュメントとして残す運用を徹底しました。開発体制の失敗パターンについては[システム開発の失敗から立て直す方法](https://blog.xincere.jp/articles/system-development-failure-patterns)でも整理しています。 **要件が固まりきらない領域ほど、データ設計で制約を表現する。** 「協力会社が人材情報を編集したら応募内容が変わってしまう」といった問題は、運用ルールやUIの注意書きでは再発します。スキーマとトリガーで表現すれば、アプリ側の実装漏れがあっても壊れません。要件を仕様に落とす工程そのものについては[要件定義の進め方](https://blog.xincere.jp/articles/requirements-definition-process)を参照してください。 ### よくある質問 **Q. 稼働中のサービスを止めずに基盤刷新はできますか。** A. できます。この事例では約11ヶ月にわたり、機能リリースを継続しながらデータアクセス基盤の移行と主キー変更まで実施しました。ただし「一斉に切り替える」やり方では現実的に困難で、呼び出し側を壊さない中間層を用意して段階移行する設計が前提になります。 **Q. 途中でメンバーが入れ替わる体制でも品質は保てますか。** A. 設計判断がドキュメントとコードに残っていれば保てます。この事例では参画時期の重なりが最大2〜3名、1ヶ月だけの参画者もいる体制で、前任の導入した層の上に後任が半年後の移行作業を積み上げています。 **Q. どのくらいの規模・期間の支援ですか。** A. 約11ヶ月、のべ4名(同時稼働は最大2〜3名)です。プロジェクトの規模や費用感の考え方は[システム開発とは](https://blog.xincere.jp/articles/what-is-system-development)で解説しています。 ### 関連する支援領域 - [システム刷新の進め方|検討・計画から移行までの方法](https://blog.xincere.jp/articles/core-system-renewal-guide) — 稼働中システムを止めずに刷新する判断基準 - [業務システム開発の要件定義とは?進め方・手順を7ステップで解説](https://blog.xincere.jp/articles/business-system-development-requirements-definition-steps) — 要件を仕様に落とす工程 - [システム開発の失敗から立て直す方法](https://blog.xincere.jp/articles/system-development-failure-patterns) — 体制・引き継ぎで詰まったときの選択肢 同じように「稼働を止められないプロダクトの基盤を作り替えたい」という課題をお持ちでしたら、[開発のご相談](https://blog.xincere.jp/contacts)からお問い合わせください。現状のコードとデータ構造を確認したうえで、段階移行の設計からご一緒します。

株式会社Atsumellの事例を読む →

この記事が役に立ったら、Google で優先表示を

Google 検索の「優先するソース」に blog.xincere.jp を追加すると、シンシアの新着記事がトップニュースなどで見つけやすくなります。

Google で優先ソースに追加

著者について

徐 聖博のプロフィール写真
徐 聖博
株式会社シンシア 代表取締役社長

株式会社シンシア(Xincere, Inc.)代表取締役。中国生まれ・3歳から日本で育ち、日本語・中国語・英語を操るトリリンガル。大学院でコンピュータサイエンス(進化型ニューラルネットワーク)を研究し、GREE・メドレー・カウンティア・Indeed Japan などで検索エンジン開発やスタートアップの立ち上げ・グロースを経験。2020年に「人の価値をテクノロジーで最大化する」という想いでシンシアを創業した。エンジニア歴15年以上、代表でありながらほぼ毎日コードを書く現役エンジニアとして、基幹システム開発からAIエージェント活用まで顧客の事業成長に並走している。創業に込めた思いはnoteの創業ストーリーに綴っている。

人気記事

    お問い合わせ

    システム開発やAI推進についてのご相談はこちらから

    無料相談を予約する