30のERPを「1つ」にしない統合 — ヒュンダイが5地域11インスタンスを選んだ判断を読む

業務システム・基幹システム開発公開日:2026年8月27日
徐 聖博
徐 聖博

株式会社シンシア 代表取締役社長

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  1. 要点 (出典の事実のみ)
  2. 徐 聖博の見解
  3. 開発会社・SIerの事業判断にどう効くか
  4. 中堅企業が持ち帰れること

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ヒュンダイ自動車グループが、世界に散らばった30超のSAP ERPを AWS 上の RISE with SAP へ統合した事例が公開された。目を引くのは削減率ではなく、「1つの global ERP インスタンスにしなかった」という設計判断のほうである。基幹システムの統合を検討している開発会社・SIer の立場から、この判断の意味を読む。

要点 (出典の事実のみ)

  • ヒュンダイのIT子会社 Hyundai-AutoEver が、従来型のロールアウトの結果として世界に30超の個別SAP ERPシステムを抱えていた (VP兼Solution Division長 Sunwoo Kim 氏の発言)。既存の SAP ECC は2027年にサービス終了予定。
  • 単一のグローバルERPインスタンスではなく、韓国・米州・欧州・APEC・中国の5地域体制を採用。障害リスクの低減と、地域ごとのデータプライバシー要件への対応が理由。
  • 結果として、約30のオンプレERPインスタンスを、5地域・11インスタンスへ統合。運用コストと資本コストを30%超削減した。
  • 長期保管文書は Amazon S3 ベースの文書管理基盤へ移行し、10年保管のコストを85%削減、ディレクトリ構造からキーバリュー方式に変えたことで検索速度は2倍超に改善 (Kim 氏)。
  • 各地域で50km圏内の同期スタンバイDBによる可用性確保に加え、大陸間の同期レプリケーションでDRを構成 (ソウル本社はソウル内スタンバイ + 米国リージョンDR)。移行中に深刻なレイテンシ障害が発生し、AWS の MSSR チームが原因特定と機材差し替えを担当、5日間の切替期間は24/7で全レイヤを監視した。

徐 聖博の見解

私が受託開発の現場で「基幹システムを統合したい」という相談を受けるとき、最初に出てくる絵はたいてい「1つに寄せる」である。だがこの事例が選んだのは、30を1にすることではなく、30を11にして、それ以上は割り切ることだった。5地域という単位は、技術的な美しさではなく、障害の影響範囲と各国のデータ規制という、どちらも後から変えにくい制約から逆算されている。ここが実務的に正しい。

統合の議論が失敗するのは、多くの場合「どこまで標準化するか」を決めないまま統合の絵だけを描くからだ。この事例は逆で、マスタデータの標準コード化という揃える部分と、地域ごとの販売プロセス・規制という揃えない部分を先に切り分けている。コストが30%超落ちたのは、インスタンス数を減らしたからというより、その切り分けができたからだと私は読む。

もう一つ、作る側として無視できないのが、移行中に深刻なレイテンシ障害が起きている点だ。24/7監視つきの5日間切替という記述が残っているということは、綺麗に終わっていないということである。この種の事例で本当に価値があるのは削減率ではなく、こういう「詰まった箇所」の情報のほうだ。

開発会社・SIerの事業判断にどう効くか

2027年の SAP ECC サービス終了は、基幹システムの刷新案件が向こう数年で確実に発生する、という意味である。この事例が示しているのは、その案件の中身が「ERPの入れ替え」ではなく、インスタンスをいくつに割るか、どこまで標準化するか、DRをどの粒度で組むかという設計判断の束だということだ。

これは受注側の体制設計に直接効く。ERPパッケージの構築力だけを持つ体制では取れず、クラウド上の可用性設計・データ保管の設計・移行時のトラブルシュートまで込みで見られる人が要る。逆に言えば、その3つを社内に持っている開発会社は、パッケージベンダーの下請けではない位置で入れる。文書保管を S3 + キーバリューに置き換えて85%削減した部分などは、ERP本体の外側の話であり、ここは規模の小さい会社でも十分に提案できる領域である。

自社で同じものを作るとしたらどこが難所か、と考えると、私は移行そのものより切替後の運用を見る。11インスタンスは1インスタンスより確実に運用負荷が高い。ヒュンダイは Amazon Quick による予兆検知型のERP監視を組んでこれに当てているが、これは「AIを入れたから偉い」という話ではなく、割った分の運用コストを何かで埋めないと成立しないという構造の話である。統合の提案をするなら、削減額と一緒に、その後の運用体制の絵を出すべきだ。

中堅企業が持ち帰れること

30インスタンスも持っている会社は稀だが、事業部ごと・拠点ごとに別々の販売管理や生産管理が動いている状態は、規模を問わずよくある。そのときに参考になるのは削減率ではなく順番のほうで、マスタデータの標準化を先に決め、統合の単位はリスクと規制から逆算するという進め方は、そのまま小さい規模に降ろせる。加えて、いきなり基幹を触らず、長期保管文書のような外周から着手してコストと効果を先に見せる、というのも現実的な一手である。

(編集レンズ: 実装・運用視点 / 作る側の目線 / 発注側への含意)

出典: Hyundai Motor Group and AWS Collaborate to Escalate Retail and Power AI

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徐 聖博
株式会社シンシア 代表取締役社長

株式会社シンシア(Xincere, Inc.)代表取締役。中国生まれ・3歳から日本で育ち、日本語・中国語・英語を操るトリリンガル。大学院でコンピュータサイエンス(進化型ニューラルネットワーク)を研究し、GREE・メドレー・カウンティア・Indeed Japan などで検索エンジン開発やスタートアップの立ち上げ・グロースを経験。2020年に「人の価値をテクノロジーで最大化する」という想いでシンシアを創業した。エンジニア歴15年以上、代表でありながらほぼ毎日コードを書く現役エンジニアとして、基幹システム開発からAIエージェント活用まで顧客の事業成長に並走している。創業に込めた思いはnoteの創業ストーリーに綴っている。

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