三井倉庫×日本IBMのDX人材育成事例——「現場社員がアプリを作る」は研修より正しい
DX人材育成というと座学研修を思い浮かべがちだが、三井倉庫ロジスティクス (MSL) と日本IBMが発表したのは、現場社員が自分の業務課題を題材に、AIを使った業務アプリの企画から開発・運用までを自ら担う実践型モデルだ。DX人材育成の事例として学びが多いので、事実を整理した上で、採用・育成に関わってきた立場から見解を書く。
出典: 三井倉庫ロジスティクスと日本IBM、現場社員が業務アプリを自作する「実践型DX人材育成モデル」を共同構築 (クラウド Watch)
要点 (事実のみ)
- 三井倉庫ロジスティクスと日本IBMは7月16日、現場社員が課題を特定し、AIを活用した業務アプリケーションの企画から開発・運用までを自ら主導する実践型DX人材育成モデルを共同構築したと発表した
- 形式はOJT。現場社員が日常業務の中から課題を発見・特定し、現場視点で要件を整理した上で、主体となってアプリを企画・開発する。日本IBMは課題整理からユースケース設計・開発・運用定着まで伴走支援する
- 対象者は物流現場・関連部門で業務に精通した社員から選抜され、日常業務と並行して取り組む
- 先行トライアルには現場社員8名が参加。入出荷実績から物量を予測し作業計画立案を支援する「AI物量予測アシスタント」や、商品の画像データから品質課題の原因特定・再発防止策の提示を行う「物流品質解析ツール」を開発した
- これらのアプリは既に現場で運用を開始しており、両社は現場主導のAI活用と、DX推進人材の育成・継続的業務改善の両立モデルとしての有効性を実証したとしている
徐 聖博の見解
この事例で最も評価したいのは、育成の「教材」を汎用研修ではなく自社の業務課題そのものにしたことだ。以前リスキリングの記事で「汎用の研修を買うより自社の業務を教材化するほうが、AI導入と人材育成の一石二鳥になる」と書いたが、まさにその実装形が出てきた。物量予測も品質解析も、開発した本人が翌日から自分の現場で使うアプリだ。学んだことが業務に直結し、業務の改善が学習のフィードバックになる。座学研修が定着しない最大の理由——「学んだ場所と使う場所が違う」——を、構造ごと消している。
二つ目に注目したのは、現場社員が要件を書くという点だ。私は受託開発の立場で多くのプロジェクトを見てきたが、成果物が定着するかどうかを最も左右するのは、発注側に「業務を要件として言語化できる人」がいるかどうかだ。このモデルは、アプリを作る過程でその言語化能力そのものを現場に育てている。仮に開発したアプリが小粒でも、「自分の業務を構造化して要件に落とせる社員」が8名生まれたこと自体が、外注プロジェクトの成功率まで引き上げる無形の資産になる。日本IBMの役割が「代わりに作る」ではなく伴走支援に徹しているのも、ALSEAの記事で書いた「組織の知見の体系化を支援する」路線と一貫している。
そして中小企業への含意。注目すべきは規模で、トライアルは8名と2アプリから始まっている。物流という低マージンで調整業務が重い業種でこの形が回るなら、同じ構造の中小企業でも規模を落として再現できる。始め方はシンプルで、①業務に精通した社員を少人数選抜し、②その人自身が一番困っている業務課題を1つ選び、③伴走者 (社内でも外部でも) を付けて作らせ、④作ったものを実業務で使わせる——の4点だ。「DX人材が採れない」と嘆く前に、業務を知り尽くした社員を「作れる人」に変えるほうが早い。この事例はその現実的な設計図として参照する価値がある。
(編集レンズ: 組織・採用・人材育成への含意 / 発注側・中小企業への含意 / 実装・運用視点)