要件定義は「守る約束」ではない——現場理解・あるべき姿・PoCで最適値を探す進め方

要件定義・業務整理公開日:2026年8月15日
徐 聖博
徐 聖博

株式会社シンシア 代表取締役社長

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  1. 要点
  2. 現場に深い理解を持つ、が「現場の言いなり」ではない
  3. 「あるべき姿」を出し、意思をもって推進する
  4. 定義した要件を「全部実現する」必要はない
  5. PoC で動かしながら最適値を見つける
  6. 開発を受ける側にとって、これは何を意味するか
  7. まとめ

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要件定義をやりきったのに、出来上がったシステムが使われない。受託開発をやっていると、この光景を何度も見る。原因は「要件定義が甘かったから」だけではない。要件定義を「一度決めたら守るべき約束」として扱ってしまったことにも原因がある、というのが私の見方だ。

この記事では、要件定義に必要な三つの姿勢——現場理解、あるべき姿の提示、そして PoC による最適値の探索——を、開発を受ける側の実務から整理する。

要点

  • 要件定義は現場の業務理解が前提だが、現場の言うとおりに作るだけでは「今の非効率をそのままシステム化した物」ができる。
  • 「あるべき姿」を提示し、強い意思で推進する役割を、要件定義の担当者が引き受ける必要がある。
  • 一方で、定義した要件を全部実現しなければならない、という考えは捨てるべきである。
  • PoC で動かしながら変更を重ね、最適値を見つけていくほうが、結果として当たる確率が高い。
  • 品質とスピードはフェーズで使い分ける。PoC はスピード、本番は品質。

現場に深い理解を持つ、が「現場の言いなり」ではない

要件定義の出発点は現場理解にある。ここは譲れない。業務の順序、例外処理、誰がいつ何を入力しているのか。ここを知らずに書いた要件は、必ず運用フェーズで破綻する。

ただ、現場ヒアリングをそのまま要件に落とすと、たいてい今の業務フローを丸ごとシステムに写経したものが出来上がる。現場の人は「今のやり方を楽にしてほしい」と話すが、今のやり方自体が最適とは限らない。Excel と紙とメールで回している運用を、そのまま画面に置き換えても、投資に見合うリターンは出ない。

だから、現場に寄り添うことと、現場の要望をそのまま要件にすることは、はっきり分けて考える必要がある。関連する構造は「使われないシステム」が生まれる構造でも書いた。

「あるべき姿」を出し、意思をもって推進する

現場理解の上に必要なのが、「本来こうあるべきだ」という設計者側の意思である。

  • 今の業務のうち、システム化せずにやめるべき作業はどれか
  • 業務の順番自体を変えることで消える手作業はないか
  • 例外運用を許すのか、業務側を標準に寄せるのか

これらは現場からは出てこない。外から業務を見て、複数の会社の現場を見てきた側が提示するしかない。そして提示するだけでは動かないので、意思をもって推進する必要がある。ここが要件定義の担当者にとって一番難しいところで、技術力よりも交渉と胆力の仕事になる。役割分担の整理は要件定義は誰がやる?を参照してほしい。

定義した要件を「全部実現する」必要はない

ここが今回いちばん言いたいところだ。

要件定義書を作ると、その瞬間に文書が権威を持つ。「決めたことなので実装します」「合意した内容なので変更できません」という会話が始まる。しかし要件定義の時点で分かっていることは、プロジェクト全体で分かることのうちのごく一部でしかない。最も情報が少ない時点で決めた内容を、最後まで守り抜くことを目標にするのは、意思決定として合理的ではない。

要件定義の成果物は「守るべき契約」ではなく、その時点での最良の仮説だと捉えたほうがいい。仮説なので、検証して外れていれば捨てる。捨てられる前提で作るからこそ、早く作れる。

もちろん、契約や予算の観点で範囲を固定せざるを得ない場面はある。だからこそ「どこを固定し、どこを可変にするか」を要件定義の段階で合意しておく。全部固定でも全部可変でもない設計にする。費用面の考え方は要件定義の費用相場にまとめている。

PoC で動かしながら最適値を見つける

仮説を検証する手段が PoC である。紙の上のレビューを何周しても分からないことが、動くものを一度触ってもらうと 5 分で分かる。

私たちが実務で意識しているのは、次のような使い分けだ。

  1. PoC フェーズはスピードを優先する。 テストコードも運用設計も最低限でよい。目的は「この方向で合っているか」の判定であって、資産を作ることではない。
  2. PoC の出力は動くコードではなく、判断である。 「この画面構成では現場が入力しない」「この自動化は精度が足りない」という判断が得られれば、そのコードは捨ててよい。
  3. 本番実装フェーズに入ったら品質側に振り切る。 PoC のコードをそのまま本番に昇格させない。ここを混ぜると後で必ず返済させられる。

AI エージェントを業務に組み込む案件では、この進め方の効果がさらに大きい。精度も運用負荷も、実データで動かすまで分からないからだ。要件定義書の中で「精度 95% 以上」と書いても、その数字には根拠がない。まず動かして、実際の値を見てから合意し直すほうが速い。

開発を受ける側にとって、これは何を意味するか

この進め方は、開発会社の商売の形にも影響する。

  • 見積もりの単位が変わる。 「要件定義一式いくら」ではなく、「検証をこの範囲でこの期間」という売り方になる。
  • 顧客との関係が長くなる。 一度作って納めて終わりではなく、変更を前提にした継続的な関わりになる。継続案件のほうが単価も安定する。
  • 人材要件が変わる。 言われたとおりに作れる人ではなく、業務を見て「やめましょう」と言える人が必要になる。育成の設計もそちらに寄せる必要がある。

要件定義を「決めて守るもの」として運用している限り、この転換はできない。逆に言えば、ここを変えられる会社は、同じ人数でも顧客の事業成果に踏み込める。私はそこに勝ち筋があると考えている。

まとめ

要件定義に必要なのは、現場への深い理解と、あるべき姿を出す意思と、そして決めたことを捨てられる柔軟さの三つである。三つ目が抜けると、要件定義は儀式になり、使われないシステムが生まれる。

PoC で動かし、変更しながら最適値に近づける。そのプロセス全体を要件定義と呼ぶべきだ、というのが私の考えだ。

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徐 聖博株式会社シンシア 代表取締役社長

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株式会社NEXX様|モバイルアプリ「Tiful」を企画・デザイン・実装まで一気通貫で支援

企画・デザイン・実装を一つのチームで一気通貫に進めたことで、認識合わせや引き継ぎのロスがなくなり、アイデアを素早く形にして磨き込むサイクルを回せるようになりました。デザインを全面的にお任せいただいたことで、プロダクトの世界観を一貫させたまま実装まで落とし込めています。 また、代表による直接のエンジニア・インターン教育を通じて、NEXX社内に開発を継続していくための土台づくりも並行して進みました。 > 「作って終わり」ではなく、作りながら組織の開発力も高める——シンシアが得意とする、上流から実装・育成までを一気通貫で担う伴走型の開発体制を体現した事例です。

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徐 聖博
株式会社シンシア 代表取締役社長

株式会社シンシア(Xincere, Inc.)代表取締役。中国生まれ・3歳から日本で育ち、日本語・中国語・英語を操るトリリンガル。大学院でコンピュータサイエンス(進化型ニューラルネットワーク)を研究し、GREE・メドレー・カウンティア・Indeed Japan などで検索エンジン開発やスタートアップの立ち上げ・グロースを経験。2020年に「人の価値をテクノロジーで最大化する」という想いでシンシアを創業した。エンジニア歴15年以上、代表でありながらほぼ毎日コードを書く現役エンジニアとして、基幹システム開発からAIエージェント活用まで顧客の事業成長に並走している。創業に込めた思いはnoteの創業ストーリーに綴っている。

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